大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和53年(ワ)1197号 判決 1981年2月25日

主文

一  京都地方裁判所が同裁判所昭和五二年(ケ)第一三三号、同年(ケ)第一七六号不動産任意競売事件について作成した配当表のうち、根抵当権者たる被告株式会社京都相互銀行に対する配当額金一、五〇〇万円および根抵当権者たる被告株式会社釣谷商店に対する配当額金二、九一九万五、六三五円をいずれも取消し、原告に金四、四一九万五、六三五円を配当する。

二  破産者高井一三と被告株式会社京都相互銀行との間で昭和五一年九月一四日締結された訴外関西繊維株式会社を主債務者とする連帯保証契約に基づき、破産者高井一三が同被告に対して負担する金一、五〇〇万円の債務が存在しないことを確認する。

三  破産者高井一三と被告株式会社釣谷商店との間で昭和五一年九月三日締結された訴外平田染工株式会社を主債務者とする連帯保証契約に基づき、破産者高井一三が同被告に対して負担する金六、一九一万七、四九〇円およびこれに対する同年一一月一六日からその支払ずみに至るまで年一四パーセントの割合による遅延損害金の債務が存在しないことを確認する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外高井一三(以下「破産者」という。)は、昭和五一年一二月二一日訴外品川燃料株式会社から破産の申立を受けたほか、被告株式会社釣谷商店(以下「被告釣谷」という。)からも破産の申立を受け、昭和五二年三月一四日京都地方裁判所において破産宣告がなされ、原告は同日破産者の破産管財人に選任された。

2  京都地方裁判所は、同裁判所昭和五二年(ケ)第一三三号、同年(ケ)第一七六号不動産任意競売事件について、被告株式会社京都相互銀行(以下「被告銀行」という。)に対し、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)に対する別紙登記目録(一)記載の根抵当権(以下「(一)の根抵当権」という。)設定および同目録(三)記載の順位変更(以下「(三)の順位変更」という。)の各登記に基づいて金一、五〇〇万円を、また、被告釣谷に対し、本件不動産に対する別紙登記目録(二)記載の根抵当権(以下「(二)の根抵当権」という。)設定および(三)の順位変更の各登記に基づいて金二、九一九万五、六三五万円をそれぞれ配当する旨の配当表を作成した。

3  しかしながら、右の各根抵当権の設定契約、また、これと同時に締結された後記の各連帯保証契約は、いずれも次のとおり破産法に基づき否認さるべき行為である。

(一) 被告銀行の本件不動産についての(一)の根抵当権設定および(三)の順位変更の各登記は、昭和五一年九月一四日訴外関西繊維株式会社(以下「関西繊維」という。)に対する同被告の相互銀行取引に基づく債権、小切手債権、手形債権について金一、五〇〇万円を限度として破産者が連帯保証人となり、また、本件不動産を担保として提供し物上保証人となる旨の契約(以下「本件(一)の契約」という。)が成立し、これに基づいてなされたものである。

(二) 被告釣谷の本件不動産についての(二)の根抵当権設定および(三)の順位変更の各登記は、昭和五一年九月三日訴外平田染工株式会社(以下「平田染工」という。)に対する同被告の商品売買取引、金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権全般について、破産者が連帯保証人となり、また、本件不動産を担保として提供し、金四、〇〇〇万円を極度額として物上保証人となる旨の契約(以下「本件(二)の契約」という。)が成立し、これに基づいてなされたものである。

(三) 本件(一)および(二)の契約は、いずれも破産者が義務なくしてなした保証行為であり、破産者にとつては全くの無償行為であり、しかも、破産申立前六か月内になした行為として破産法七二条五号に基づき無償否認さるべき行為である。よつて原告は被告らに対し右理由に基づき否認権を行使する。

4  仮に被告釣谷に対する否認権行使が認められないとしても、本件(二)の契約においては、平田染工が被告釣谷に対し商品売買代金支払のため振出しまたは引受けた同年九月から昭和五二年二月末まで六か月内に満期の到来する手形(金額合計金三、六七三万三、〇六〇円)について、被告釣谷において支払資金を立替え、平田染工に代つて同被告の責任で決済する旨の約定があつたところ、被告釣谷は、右約定に反し金額合計金一、二二一万八、四四〇円の手形四通について立替え決済をしたのみで、残余については全くこれを履行しなかつたため、平田染工は、当初予定した資金繰りが完全に覆滅される結果となり、昭和五一年一一月一五日手形不渡りを出して倒産し、昭和五二年三月一四日破産宣告を受けるに至つた。そこで原告は昭和五三年九月一九日被告釣谷に到達した本訴状をもつて、同被告の債務不履行を理由として本件(二)の契約を解除する旨の意思表示をした。

5  原告は、以上の理由から前記競売事件の配当期日に被告らの各債権について異議を申立てたが、被告らはいずれも右配当期日に欠席し、原告の異議を正当と認めなかつたものとされた。

6  また、以上のとおり、本件(一)および(二)の契約は、いずれもその効力が認められないこととなるので、被告らは破産者に対し何らの債権を有していないこととなるところ、被告らはこれを争い、被告銀行は金一、五〇〇万円の債権、被告釣谷は金六、一九一万七、四九〇円およびこれに対する昭和五一年一一月一六日からその支払ずみに至るまで年一四パーセントの割合による遅延損害金債権を有すると主張しており、原告の右配当異議が認められたとしても右連帯保証契約に基づき一般債権者として破産による配当手続に加入してくる可能性があるから原告としては右の各債権が存しないことについて確認の利益がある。

7  よつて、原告は被告らに対し、前記配当表のうち根抵当権者たる被告らに対する配当部分の取消を求めるとともに、原告と被告らの間において、破産者が被告らに対して負担する前記各債権額の債務が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否および主張

1  被告銀行

(一) 請求原因1、2の事実は認める。

(二) 同3の(一)の事実は認め、(二)の事実は不知、(三)の事実のうち、被告銀行の関係については争い、被告釣谷の関係については不知

(三) 同4の事実は不知、同5の事実は認め、同6、7の事実は争う。

(四) 本件(一)の契約は無償行為に該当しない

(1) 破産法七二条五号にいう無償行為とは、贈与、遺贈、寄付行為、債務免除等対価なき行為を指し、本件のごとく破産者が第三者の債務につき保証し、これによりその者に対して求償権を取得する場合は、無償行為に該当しない。

(2) 平田染工は昭和二七年一〇月創業された平田商店を前身として昭和四九年四月設立された染色業を営む会社(大株主、取締役は破産者の義父平田延三郎、破産者およびその弟高井利雄)であり、関西繊維は昭和五一年八月平田染工の繊維製品の整理部門として設立された会社(大株主は破産者の実父高井太三郎、平田延三郎、取締役は同人らのほか番頭格の川勝忠正)であるが、破産者は平田染工の経営をその代表者平田延三郎に代つて采配し、関西繊維の創設にあたつてはその中心となつて取仕切り、高井太三郎、平田延三郎を名目上その役員にしてはいたが実質上の経営者であり、社長であつた。

被告銀行は昭和五一年九月一四日関西繊維に対し会社始動資金として手形貸付により金一、五〇〇万円を貸付けたものであるが、親会社である平田染工および実質上の経営者であつた破産者が連帯保証し、担保提供をしたからこそ右の貸付けをしたものであり、設立されたばかりの何らの資産のない関西繊維を相手としてなら右の貸付をする筈がない。

このように破産者が本件(一)の契約をなすことによつて関西繊維が順調な経営をはじめ、これによつて平田染工の経営に多大の寄与をし、ひいてはその実質上の経営者である破産者個人の経済的、社会的信用を増大させるという関係にあるのであるから、本件(一)の契約は破産者が義務なくしてなした無償行為とはいえない。

(3) 常識的にみても、通常人が経済的社会的対価なくしてかかる契約をなす筈はなく、会社役員と会社間においては会社債務につき会社役員個人が連帯保証、物上保証をなすことは枚挙にいとまがないものであり、かかる観点からも否認権行使は不当である。

2  被告釣谷

(一) 請求原因1、2の事実は認める。

(二) 同3のうち、冒頭の部分は争い、(一)、(二)の事実は認め、(三)の事実は被告銀行の関係については不知ないし争い、被告釣谷の関係については否認する。同4の事実は争う。被告釣谷は破産者の依頼に応じて平田染工振出または引受の昭和五一年九月、一〇月満期分の手形をジヤンプしたことはあるが、同年九月から六か月後の昭和五二年二月までの満期分の手形をジヤンプすることを承認したことはなく、立替決済するなどという約定は存在せず、かつ、立替決済した事実もない。被告釣谷としては、平田染工に対する売掛金の回収をはかるため同社が円滑に経営されることを願い、被告釣谷においてできる範囲の協力を約束したが六か月間という確定した期限を約束したものではない。

(三) 同5の事実は認め、同6、7の事実は争う。

(四) 本件(二)の契約は破産者にとつても無償行為ではなく、しかも破産者と平田染工のきわめて密接な関係からみても、破産者と平田染工に対し直接、間接にさまざまな利益をもたらしたものであつて、いわゆる無償否認の対象となるべき行為ではない。すなわち、

(1) 破産者が第三者の債務につき連帯保証をしても、これによつて破産者が経済的利益を受けない限り破産法七二条五号にいう無償行為に該当する(大審院昭和一一年八月一〇日判決、大審院判例集一五巻一六八〇頁参照)との考え方を本件(二)の契約について形式的に適用するのは誤りであり、より実質的に破産者が相手方から種々の協力、便宜を受けたこと、直接間接に業務運営上利益を得たこと等を考慮して、無償行為に該当するか否かを判断すべきである(東京高昭和三七年六月七日判決参照)。

(2) 被告釣谷と平田染工との取引状況、本件(二)の契約が締結されるに至つた経緯は次のとおりである。

(ア) 平田染工の前身である平田商店は、平田延三郎の経営する手捺染を業とする個人企業であつたが、昭和四〇年以降機械捺染部門を導入し、同人の娘婿である破産者がこの部門の責任者となつてからは、経営の実権はすべて破産者に移行し、昭和四九年四月一日株式会社組織に変更されて平田染工が設立され(代表取締役は平田延三郎および破産者が就任)てからは、その実質的経営権は一層破産者に集中した。平田染工の役員はほとんどが高井一族(高井太三郎は破産者の父、高井利雄、藤田弘はいずれも破産者の弟)で占められており、平田延三郎は老齢のためもあつて経営には関与せず、名目的存在となつていた。

(イ) 被告釣谷は昭和四〇年から平田染工(その前身である平田商店)と取引を開始し、その取引形態は同被告が染料、工業薬品類を納入し、平田染工が代金を支払うものであり、月間の取引高は当初金五〇ないし六〇万円、三年後には金二〇〇万円位、さらに昭和五〇年ころからは金六〇〇万円程度となり、平田染工に対する最大の原料納入元となつており、この間取引上のトラブルはほとんど発生しなかつた。

(ウ) 被告釣谷は昭和五一年六月ころ破産者から手形割引の依頼を受け、さらに平田染工の資金繰りが苦しいため同会社振出または引受の手形をジヤンプしてほしい旨およびその担保として破産者所有の本件不動産に抵当権を設定し、平田染工の債務を連帯保証する旨の申出を受けたので、最終的にはこれに応じ、同年八月ころ破産者に対し同年九月満期分(金五八七万九、八六〇円)、一〇月満期分(金五八八万八、五八〇円)の手形についてはジヤンプ(六か月)するが一一月満期分以降は自己の資金繰りもあり不可能であることを申渡し、さらに平田染工の銀行からの融資、他の取引先の手形ジヤンプ等を容易にすることの配慮から、破産者との間で、極度額を金四、〇〇〇万円にとどめること、銀行の抵当権が設定されるときはこれを先順位とすることを合意し、同年九月三日本件(二)の契約が締結された。

(3) 次に平田染工が倒産するに至るまでの経緯は次のとおりである。

(ア) 被告釣谷の平田染工に対する債権は昭和五一年八月末当時金四、七五七万四、三九〇円であつたが、同被告は本件(二)の契約により平田染工に対し同年九月および一〇月満期分の手形をジヤンプさせるべく、その支払資金を交付するとともに、従前どおり同年一一月一三日まで合計金一、四三四万三、一〇〇円相当の商品の供給を続け、さらには平田染工が運転資金を被告銀行から借入れるについて、被告銀行に対し根抵当権の順位変更をして平田染工の運営に協力したほか、同年一〇月末ごろまでに平田染工の受取手形数百万円を別途割引いて金融をしてやり、同年一一月二日満期の手形支払資金として同日金九五万五、〇〇〇円を送金した。

(イ) 被告釣谷としても当時資金繰りが必ずしも順調ではないため、同年一一月一五日満期の手形については平田染工において資金手当をするよう申入れたものの、どうしてもそれができないときは同被告の方で何とかしなければならないと考え、その満期ぎりぎりにその資金手当をしたが、破産者が夜逃げをし在庫品もなくなつていることを平田染工の社員からの電話で知つたため、その送金を取りやめた。平田染工は昭和五一年一一月一五日不渡手形を出し倒産したが、破産者はすでに同年一〇月二五日付で平田染工の代表取締役を辞任し、平田染工倒産の際の責任を免れようと企てており、また、同年一一月一五日満期の手形は被告釣谷の所持している手形以外にも多数あつたものであるから、同被告が右の資金手当をしなかつたことは平田染工の倒産の原因ではない。

(4) 破産者は平田染工の代表取締役として平田染工から毎月金四〇ないし四五万円の給料を取得しており(その親族のうち平田延三郎は金四〇万円、高井利雄は金三〇万円、森田弘は金二五万円、平田太三郎は金二〇万円の給料を取つており、破産者を含めれば金一五五万円以上となる。)、さらに平田染工からその取締役会の承認も得ずに個人の不動産を買入れる資金約三、五〇〇万円を借入れていた。

(5) 以上の事実経過によれば次のことが明らかである。

(ア) 本件(二)の契約は被告釣谷が平田染工およびその実質的経営者である破産者の依頼を聞き入れる中で成立したものであつて、同被告が平田染工あるいは破産者の危機に乗じて成立せしめたものではない。

(イ) 平田染工は破産者と形式的には別の人格であるが、破産者のワンマン経営による個人会社ともいえるもので、実質的には同一であり、平田染工が倒産することは破産者の取引生命を失わせることであつたため、破産者としては自己資産を提供してでも、平田染工の倒産を食いとめることに大きなメリツトがあつた。

(ウ) 破産者が本件(二)の契約を締結したことにより、平田染工は被告釣谷から手形ジヤンプの利益を受け、昭和五一年九月から同年一一月半ばまで無償で商品の供給を受け、この間営業を続けることができ、さらに破産者はこれにより平田染工の実質的経営者としてその運営を円滑化し再建のための努力を続けることができた。

(エ) このような運営の円滑化はとりも直さず破産者にとつて自己の毎月の給料収入にプラスとなり、平田染工に対する自己の借入金返済の期限の猶予を得る結果となつた。

このように破産者は本件(二)の契約によつて大きな直接、間接の業務運営上の利益を得ていることは明らかであり、本件(二)の契約が破産者にとつて無償行為であろう筈はない。

(五) しかのみならず、破産者は本件(二)の契約により平田染工に対し求償権を取得しているものであり、平田染工が倒産したといつても何がしかの配当金を受け得るものであり、この求償権を全く無視することはできないから、この点からいつても無償行為ではない。

(六) 現在の日本の企業、とくに中小企業にあつては、会社そのものの信用よりは常に経営者個人の信用で成立つているのであつて、とくに会社の経営が危機感をもたれたときは、個人の資産、信用をもつて、具体的にいえば個人保証ないしは個人資産の担保提供によりその危機を乗り切るのが常識である。したがつて本件のような事案、すなわち経営者個人の連帯保証、担保提供が否認の対象となるのであれば、会社が他から融資を受けることはきわめて困難となり、取引先や金融機関も会社の経営不安の噂だけで一切の援助を拒否することとなる。破産法七二条五号の無償行為とは、贈与あるいは時価をはるかに下廻る財産処分を予定しているものであつて、本件のような事案を予定しているものではない。

(七) 本件(二)の契約は、前述したとおり、破産者個人の経済的利益につながつているのであり、被告釣谷としては平田染工の円滑な運営を望みこれに協力してきているものである。破産者は自ら代表取締役の権限を利用し平田染工から金三、五〇〇万円の貸付を受け、その結果平田染工の債権者である被告釣谷に多額の被害を与えておきながら、一転して同被告に対する連帯保証、担保提供を否認することは信義則上許されない。

三  被告らの主張に対する反論

1  無償行為の否認について

破産法七二条五号にいう無償行為とは、その行為の時を標準として、何ら破産者において対価を得ることなく、その財産を減少し、または債務を増加する同号所定期間内における一切の出捐行為をいうのであつて、第三者のため対価を得ないで保証することは、右の無償行為にあたることは明らかである(大審院昭和一一年八月一〇日判決、大審院判例集一五巻一六八〇頁、神戸地昭和三一年八月七日判決、下民集七巻八号二一一六頁、東京高昭和三七年六月一四日判決、東京高判決時報一三巻六号八四頁参照)。そして、否認の対象たる行為が無償であるか否かは、もつぱら破産者を中心としてその財団を保全する観点よりこれを決定することが相当であつて、その行為の相手方が他に出捐したか否かによつてこれを決定すべきではなく、保証人が将来その保証債務を履行した場合に取得すべき求償権は、保証人が保証債務を負担するというそれ自体不利益な行為について受ける対価の性質を有するものではなく、また、実際上においても、かかる求償権はその実質を伴わぬ名目的権利たるに止まり、その出捐を償うに足りないことの多々あることはたやすくこれを知り得るところであるから、求償権を取得したからといつて有償とはいえない(前記神戸地昭和三一年八月七日判決参照)。

2  被告銀行の主張について

(一) 被告銀行の主張(四)(1)について

関西繊維は、被告銀行も認めているとおり、何ら資産を有しておらず、求償権を行使しようにも行使できない状態にある。

被告銀行としても本来の債務者である関西繊維に対して何らの請求もしておらず、求償権など全く画餅に等しい。求償権が対価性を有しないことはさきに述べたとおりである。

(二) 同(四)(2)について

破産者は関西繊維を実質的に経営したことはなく、その経営者はあくまで川勝忠正である。

破産法による否認権の行使の制度は、破産者の債権者の立場からみて不平等、不公正な弁済その他の行為の効力を失わせ、破産者の債権者全体への分配を公正ならしめるというところに意味がある。関西繊維の立場からみれば利益があり、これと被告銀行の貸付行為とは対価関係に立つているといえるかも知れないが、本件はあくまで破産者の立場、厳格にいえば破産者の債権者の立場からみて、破産者の連帯保証、物上保証行為が無償行為となるかどうかという点から判断されなければならない。

破産者は全く第三者の関係にある関西繊維のため連帯保証人、物上保証人となり、これによつて被告銀行に対し金一、五〇〇万円の全額について支払義務を負うに至り、破産のやむなきに至つているのであり、何ら財産上の利益を受けておらず、経済的社会的信用が増大した事実もないのであるから、これが無償行為にあたることは明らかである。被告銀行の主張は、関西繊維の受けた利益や被告銀行の立場からみたバランス論にすぎず、否認権行使があくまで破産者の財産の公正な分配という観点から構成されていることを忘れたもので、失当であることは明らかである。

(三) 同(四)(3)について

破産者はさきに述べたとおり関西繊維の実質上の経営者ではなく、また、会社役員が会社のため保証等をなすことは一般的には稀なケースといえないが、本件は右の保証等をなした者が破産し、債務のすべてを支払うことができない事態に陥つている場合で、しかも破産申立前六か月の行為に限定して否認しようというのである。平時であつて、これが保証等をなした者の債務の支払に支障をきたさない場合であれば、確かに会社の債務について役員らが個人保証しても何ら問題はないが、右の保証等をなした者が破産した場合には、破産申立前六か月以内の右保証等の行為は失効させて、債権者への公正な分配を保証するというのが破産法の考え方である。被告銀行の主張は一般的事例と破産に陥つた事例を全く混同するものである。

3  被告釣谷の主張について

(一) 被告釣谷の主張(四)の冒頭部分および(1)については争う。

本件(二)の契約はなる程平田染工にとつて利益となる可能性はあつたかも知れないが、破産者がこれによつて利益を得るということはない。現に本件(二)の契約を締結した昭和五一年九月三日当時平田染工は多額の負債に苦しんでおり、ついには不渡手形を出すに至つて、破産者は実質的に被告釣谷の平田染工に対する全債権金六、一九一万七、四九〇円の支払義務を負うに至り、破産のやむなきに至つているが、財産上の利益を受けたことは一切ないから、これが無償行為であることは明らかである。

被告釣谷の引用する東京高昭和三七年六月七日判決は、破産者(会社)自身が連帯保証契約の締結の過程を通じて、債権者から種々の協力、便宜を受け、破産者(会社)自身の所有財産を保全することができたほか、直接、間接に業務運営上の利益を受け、無償性の認められない事案であつて、本件とは事案を異にし適切ではない。本件はあくまで破産者の財産的利益が問題となつているのであつて、平田染工からの視点によるべきではなく、本件(二)の契約によつて破産者個人が財産的利益を得たかどうかによつて決定すべきなのである。

本件(二)の契約がなければ、被告釣谷が配当要求している金員はすべて破産者の他の債権者の一般財源となつていた筈であり、本件(二)の行為は破産者個人にとつて何ら利益となるものでなく、右一般財源を著しく減少せしめたにすぎないのである。被告釣谷は平田染工の受けた利益について言及するのみで破産者が受けた利益については一切主張できず、結局破産者が平田染工の代表者であるから平田染工が利益を受けるのであれば代表者である破産者にも利益となると考えるべきであるとの主張にとどまつている。

(二) 同(四)(2)(ア)、(イ)の事実は認める。(ウ)の事実のうち、被告釣谷が破産者との間で根抵当権の極度額を金四、〇〇〇万円にとどめること、銀行の抵当権が設定されるときはこれを先順位とすることを合意したこと、昭和五一年九月三日本件(二)の契約が締結されたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件(二)の契約が締結されるに至つた経緯は次のとおりである。

(1) 平田染工は捺染を業とする会社であつたが、元下請の競争会社の廉売等によつて昭和五〇年一月ごろから業績が悪化し、その後の不況によつてますますきびしい状況に立至ることが予想された。

このような状態のもとで、平田染工は昭和五一年八月ころ被告釣谷、訴外株式会社平和染色起毛工業所、同有限会社日進製薬、同正研化工株式会社(以下「四社」という。)に対し資金繰りの援助を依頼した。その内容は次のとおりである。

(ア) 平田染工が四社に対し振出した支払手形のうち、昭和五一年九月から昭和五二年二月まで(六か月間)に満期の到来する手形について四社が支払資金を立替え決済し、その代り平田染工は四社に対し六か月後満期の新たな手形を振出交付する。

(イ) 右のような資金繰り援助を担保する意味で、破産者は四社に対し破産者の所有する本件不動産について右六か月間の支払手形の合計金額に見合う金額を極度額とする根抵当権を設定する。

(2) 以上のような約定による平田染工のメリツトは単に六か月間四社に対する支払が延長されること(その意味では被告釣谷のいう手形のジヤンプ)にすぎなかつたが、当時平田染工に対し担保権をもたない四社にとつては、本件不動産に根抵当権が設定されることによつて債権の優先的回収が可能となるメリツトがあつた。平田染工がこのような約定をしたのは資金繰りに極度に窮していたことによるものであり、被告釣谷を含む四社はもとより平田染工の窮状を充分に知悉していた。

これに対し、破産者は平田染工の資金繰りの援助に資するため本件不動産を提供し、連帯保証人となり、一方的に債務を負担したのみで、これに対する経済的利益は何ら存しない。

(3) 以上の約定のもと、破産者は四社に対しそれぞれ右六か月間の支払手形の合計金額に見合う金額を極度額とする根抵当権を設定することとなつたが、被告釣谷の右極度額が金四、〇〇〇万円になつているのは、右支払手形の合計金額が金三、六七三万三、〇六〇円であつたからである。右根抵当権を設定するについて当初四社を同一順位とすることになつていたが、被告釣谷が最も有力な取引先であつたところから、四社の中で同被告を最優先順位とすることになり、本件(二)の契約を締結するに至つたのである。

(三) 同(四)(3)(ア)の事実のうち、被告釣谷の平田染工に対する債権が昭和五一年八月末当時金四、七五七万四、三九〇円であつたこと、同被告が同年一一月一三日まで合計金一、四三四万三、一〇〇円相当の商品を納入したことは認めるが、その余は争う。右商品の納入を続けたことは四社共通のことであつて、被告釣谷のみがとくに協力したものではない。(イ)の事実は争う。被告釣谷は昭和五一年一一月上旬ころ平田染工に対し、同月一五日満期の手形について支払資金の立替えに応じられない旨通告してきた。平田染工にとつては同日満期の手形決済ができるかどうかが会社存廃の分岐点であつたので、破産者は同被告に対し必死に資金の立替えを頼んだがこれを拒否されたため、同月一四日絶望のあまり行方をくらましたものである。

破産者の代表取締役辞任の登記は、被告釣谷が右資金の立替えに応じないことを明確にした後の同月八日付で手続がなされており、同年一〇月二五日に辞任が決定された事実はなく、意識的に遡及されたに過ぎないから何ら論難される筋合いのものではない。また、平田染工は同年一一月当時合計金三、七三八万一、八四五円の預金(第一勧業銀行金五八一万円、京都銀行金一、二三四万一、八四〇円、京都信用金庫金一、四四二万二、九一四円、京都中央信用金庫金四八〇万七、〇九一円)が用意してあり、手形決済以外に充てる分を控除しても、四社以外の手形決済資金として約二、七四七万円程度は用意できる状況にあり、四社が一致して約定どおり資金の立替えをしてくれれば、倒産することはなかつた。

(四) 同(四)(4)の事実のうち、約三、五〇〇万円の借入(ただし、役員貸付金である。)の事実は認め、同(5)(ア)ないし(エ)については否認または争う。

(1) 被告釣谷は、前述したとおり、破産者の依頼により平田染工が同被告に対し振出した六か月間に満期の到来する金額合計金三、六七三万三、〇六〇円の手形について、その支払資金を立替え決済して資金繰りを援助し、破産者はこれを担保する意味で本件不動産について右手形合計金に見合う金四、〇〇〇万円を極度額として(二)の根抵当権を設定し、連帯保証人となつたものであつて、一方的に債務を負担したのみで経済的利益は何ら存しないから、無償行為であることは明らかであるが、同被告主張のようにできる範囲で資金繰りを援助する約束しかなかつたというのであれば、なおさら有償性に疑問があり、むしろ被告釣谷は平田染工の経営状況が悪化しているところから同被告だけ債権担保のため他を出しぬいて有利な担保を取得しようとしたものといえる。

(2) 被告釣谷は平田染工と破産者は実質的には同一であり、この両者を切りはなして有償、無償を考えることは妥当でないと主張するが、現に破産事件の処理は、個人と会社を全く別人格として債権計算、配当がなされるのであり、これを別異に取扱うことは当然のことであつて、この区別なくして破産整理の基礎もあり得ない。

(3) 破産者は本件(二)の契約が締結されてはじめて二か月分の給料を取得できたものではない。なぜなら平田染工は本件(二)の契約が締結されなければすぐに倒産する状況であつたわけでなく、実際に倒産した昭和五一年一一月一五日より以前に倒産に至ることが確実であつたという事実もなく、しかも平田染工の倒産は被告釣谷の約定違反が大きな原因であるから、倒産の時期が後にずれた可能性すら大であるからである。

仮に被告釣谷の主張するとおり破産者が本件(二)の契約が締結されたからこそ二か月分の給料を取得できたとしても、それは金八〇ないし九〇万円にすぎず、連帯保証、物上保証の対価としてはきわめて少額にすぎ、何ら無償性に変更をもたらすものでない。

また、約三、五〇〇万円の役員貸付金の貸借は昭和四九年のことであつて、被告釣谷はこれが既になされた現状を前提に本件(二)の契約を締結しているから、右役員貸付金の存在によつて新たに損害を受けた事実はない。そればかりでなく、平田染工の一般債権者に対しては破産者から役員貸付金を回収し、それによつて配当を行なうことこそ必要であるが、これが現在のところ不可能となつているのは他ならぬ本件(二)の契約の存在であり、被告釣谷がその有効性を主張することこそ一般債権者に多額の損害を与えることになるのである。

(五) 同(五)について

求償権が対価性を有しないことは前述のとおりであるが、被告釣谷は平田染工が経営上困難に陥つており、求償権が全く期待できないことを十分知悉していたものである。

(六) 同(六)について

原告としては何もすべての場合の個人保証、物上保証の否認を求めているのではなく、会社が倒産した時のすべてにこれを否認しようというのではない。本件の場合のように会社が倒産し破産宣告を受けただけでなく、会社の代表者である個人までも破産宣告を受けた事案において、破産宣告前六か月以内に限つて無償行為を残らず否認しようというものである。

会社が破産宣告を受けたほか代表者個人まで破産宣告を受けるケースは、日々行なわれる借入れおよびその保証というケースの中でもごく稀なケースであることは明白であり、このような経過で個人が破産した場合には、前述のとおり、個人である破産者の破産配当はあくまで個人の財産を基礎に行なわれるのであつて、個人が破産宣告を受ける直前に、いかに会社のためとはいえ、他の債務者のために正当な対価なく保証人となり、負債が一気に増大したような場合、このような無償行為によつてそれまでの個人に対する一般債権者の貴重な財団(財産)を一方的に食いつぶすことを認めることが公正といえないことはあまりにも明らかである。それであるからこそ、破産者である個人の全債権者を保護するために六か月間に限定して無償行為の成立を防ごうというのが否認権の制度趣旨である。現に本件においては、前述のとおり、本件(二)の契約によつて破産者に対する他の一般債権者の債権回収は殆んど不可能となつている。

通常のケースにおいて会社のために代表者個人が保証した行為を無効とすることについては、中小企業の融資の面から考えても慎重を要することは当然であるが、保証人となつた当該個人がこれによつて破産までしてしまつたのであれば、そのような行為は当該保証人にとつては無償であり、財団の構成に何ら寄与していないのであるから、無効として本来の債権者の配当を確保すべきは当然であり、そのように考えても個人まで破産宣告を受ける事態が発生するのが稀なケースであり、しかも、六か月内という絞りをかけているのであるから、中小企業の金融等に重大なる支障となる筈はなく、取引の安全を損うこともない。それであるからこそ、被告釣谷と同一歩調をとり同様の担保をとつていた四社のうちの正研化工株式会社の代表者石戸善郎もその担保を不公正なものと自認して放棄している。

(七) 同(七)について

否認権の制度は、そもそも破産宣告前の不当もしくは不公正な処分行為によつて逸出した破産者の財産を破産財団に取返えすことによつて、一般債権者の利益を守るものであつて、破産者が独自に行使するものではないから、破産者の行動を云々することは全く筋違いであり、一般債権者の利益という観点からみるべきである。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1、2および5の事実は当事者間に争いがなく、同3(一)の事実は原告と被告銀行との間で、(二)の事実は原告と被告釣谷との間でいずれも争いがない。

二  そこでまず平田染工および関西繊維の営業状況、本件(一)、(二)の契約が締結されるに至つた経緯についてみるに、成立に争いのない甲第一、二号証、乙第一ないし五号証、丙第一ないし三号証、証人高井一三の証言により成立を認めうる甲第三号証、被告釣谷代表者本人尋問の結果と弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第六号証、証人石戸善郎、同高井一三の各証言、被告釣谷代表者本人尋問の結果(ただし、後記措信できない部分を除く。)によると、次の事実を認めることができる。

1  平田染工の前身である平田商店(昭和二七年一〇月創業)は平田延三郎の経営する手捺染を業とする個人企業であつたが、昭和四〇年以降機械捺染部門を導入し、同人の娘婿である破産者がこの部門の責任者となつてからは、経営の実権はすべて破産者に移行し、昭和四九年四月一日株式会社組織に変更されて平田染工が設立され(代表取締役は延三郎および破産者が就任)てからは、その実質的経営権は一層破産者に集中した。平田染工の役員はほとんどが高井一族(破産者の父高井太三郎、弟高井利雄、同藤田弘)で占められており、延三郎は老齢のためもあつて経営には関与せず、名目的存在となつていた(以上は原告と被告釣谷との間では争いがない。)。

2  関西繊維は昭和五一年八月平田染工の下請会社であつた洛南繊維に代つて平田染工の繊維製品の整理(反物のしわのばし)部門として設立された会社であり(代表取締役は川勝忠正、取締役は延三郎、太三郎が就任)、その設立には破産者が中心となつてこれに当つた。

3  被告銀行は関西繊維代表者川勝、その親会社である平田染工の実質上の経営者の破産者から運転資金(機械購入資金)の借入申込を受け、昭和五一年九月一四日関西繊維に対し平田染工、破産者および川勝個人の連帯保証のもとに手形貸付により金一、五〇〇万円を貸付け、破産者所有の本件不動産の提供を受けて極度額を金一、五〇〇万円とする順位五番の(一)の根抵当権の設定を受けた(本件(一)の契約)。

4  被告釣谷は昭和四一年ころから平田染工(その前身である平田商店)と取引を開始し、その取引の形態は同被告が染料、顔料等を納入し、平田染工が代金を支払うものであり、月間の取引高は当初金五〇ないし六〇万円、三年後には金二〇〇万円位、さらに昭和五〇年ころからは金六〇〇万円程度となり、平田染工に対する最大の原料納入元となつており、この間取引上のトラブルはほとんど発生しなかつた(この点は原告と被告釣谷との間で争いがない。)。

5  平田染工は昭和五〇年一月ころからもと下請であつた前記洛南繊維が平田染工と同じ製品を廉売するようになり競争会社となつたことやボイラー事故があつたことなどから業績が悪化し、その後の不況によつて見通しが暗く、きびしい状況に立至ることが予想された。そこで平田染工の代表取締役である破産者や太三郎らは昭和五一年六月から八月にかけて長年取引をしており取引量も多い被告釣谷を含む四社に対し、平田染工の業績が思わしくないので担保を提供するから支払の猶予をしてほしいと申入れ、その具体案として、平田染工の資材購入は今後約二〇社のうち四社だけに絞つて行くようにし、平田染工が四社に対し振出した支払手形のうち昭和五一年九月から昭和五二年二月まで六か月間に満期の到来するものについては四社において支払資金を立替え決済してもらい、その代り平田染工が四社に対して六か月後満期の新たな手形を振出し交付し、右のような資金繰りの援助を担保する意味で破産者の所有する不動産について右六か月間の支払手形の合計金額に見合う金額を極度額とする根抵当権を設定することを提案し、援助方を依頼した。平田染工は四社が同一歩調をとつてもらわないと資金繰りに齟齬をきたすため、当初被告釣谷にその取まとめを依頼したが検討するというだけで動いてもらえなかつたので個別的に他の三社とも交渉し援助を求めた。

6  四社は平田染工が倒産するのではないかと懸念を抱いたものの、これまで平田染工に対する債権について担保権をもたなかつたが、本件不動産等に根抵当権が設定されればその債権の優先的回収が可能となるという思惑もあり、成行き上結局のところこれに応ずることとし、破産者らと個別的に折衝した。被告釣谷は根抵当権設定について最優先順位とすることを要求し、破産者も同被告が最も有力な取引先であるためこれに応じたが、その極度額については右六か月間の支払手形の合計金額が金三、六七三万三、〇六〇円であつたところから同被告も譲歩し破産者との間でこれに見合う金四、〇〇〇万円とすることを合意した。そこで同被告は昭和五一年九月三日平田染工に対し右六か月間の支払手形について支払資金を立替え決済すること、その代り破産者は同被告に対し本件不動産について極度額を金四、〇〇〇万円とする(二)の根抵当権を設定し、かつ、平田染工の同被告に対する一切の債務につき連帯保証することを約し(本件(二)の契約)、同日極度額を金四、〇〇〇万円とする順位四番の(二)の根抵当権の設定登記をした。ついで他の三社もこれに追随し破産者らとの間でほぼ右と同趣旨の契約を締結し、本件不動産について正研化工は同月一四日その代表者石戸善郎個人名義で極度額金一、五〇〇万円とする順位六番の、平和染色は同月三〇日極度額金五、〇〇〇万円とする順位七番の、日新製薬は同日極度額金三〇〇万円とする順位八番の各根抵当権設定登記を受けた。

7  被告釣谷は、関西繊維が被告銀行から前記3のとおり金一、五〇〇万円の融資を受けるに際し、同月一五日ころ破産者に対し被告銀行の(一)の根抵当権を先順位とすることを承諾し、破産者は同年一〇月四日延三郎の全国信用金庫連合会(取扱店京都信用金庫)に対する債務について設定されていた順位三番の抵当権を抹消したうえ同月二〇日順位四番、五番根抵当権の(三)の順位変更の登記をした。

以上のとおり認めることができ、右認定に反する被告釣谷代表者本人尋問の結果は前掲各証拠に照らしたやすく措信しがたく、他に以上の認定をくつがえすに足りる証拠はない。

三  原告は本件(一)、(二)の契約はいずれも破産者が義務なくしてなした無償行為であり、しかも破産申立前六か月内になした行為として破産法七二条五号に基づき無償否認さるべき行為であると主張し、破告らはこれを争うから、以下この点につき考察する。

1  破産法七二条五号にいう無償行為とは、贈与や遺贈に限らず、対価を得ることなく積極財産の減少のみ、または消極財産たる債務の増加のみを生ずべき一切の行為をいい、債務の免除、権利の放棄のような単独行為、請求の認諾などのような訴訟行為などのほか、他人の債務の保証や担保提供(物上保証)などを含むものと解される。もつとも破産者の保証、担保提供があればこそ相手方が金銭を他人に貸与したような場合に、この保証や担保提供の無償否認を認めるべきか否かについては説の岐れるところであり、求償権は対価とみられるとし、無償否認は相手方にとつても無償たることを要し、この場合には相手方にとつては無償ではないとして否定する学説もあるが、破産者が他人のため保証や担保提供をし、相手方が主債務者に対し出捐しても、これによつて破産者が何ら経済的利益を受けない限り、その保証、担保提供は無償行為たるを免れないものというべく、無償であるか否かは否認権の立法趣旨からみてもつぱら破産者を中心としてその財団を保全する観点からこれをみるべきであつて、相手方にとつて無償かどうかは問うところでなく、求償権は他人の負担に帰すべき債務について代つて出捐した者がその他人に対して償還を求める権利であつて、実際上その出捐を償う可能性のきわめて少い名目的な権利たるに止まるから、保証や担保提供というそれ自体不利益な行為について受ける対価たる性質を有するものではないと解するのが相当である。

2  本件についてみるに、被告銀行が破産者の連帯保証、担保提供(本件(一)の契約)により関西繊維に対し手形貸付により金一、五〇〇万円を貸付け、また、被告釣谷が同じく破産者の連帯保証、担保提供(本件(二)の契約)により平田染工に対しその支払手形について支払資金を立替え決済(手形の支払猶予)して資金援助したことはさきに認定したとおりであり、被告銀行において関西繊維が設立されたばかりの会社で何らの資産もないことを知つており、また、被告釣谷においても平田染工が多額の負債を抱え資金繰りに苦しいことを知つていたことはいずれもその主張自体から明らかであり、前掲各証拠と弁論の全趣旨によると、被告らは破産者が将来本件(一)、(二)の契約によりその債務を履行して関西繊維または平田染工に対して求償権を取得したとしても、求償の可能性は絶無に近いものであつて画餅に等しいことを十分知悉していたことが窺えるばかりでなく、主債務者である関西繊維としては右貸付により、同平田染工としては右手形の支払猶予によりいずれも経済的利益を受けたとしても、破産者は平田染工が不渡手形を出して倒産しその結果関西繊維も自然消滅したため、被告釣谷の平田染工に対する全債権金六、一九一万七、四七〇円および被告銀行の関西繊維に対する債権金一、五〇〇万円の支払義務を負担するに至り、遂には平田染工とともに破産のやむなきに至つたのであつて、破産者としては、本件(一)、(二)の契約により、一方的に債務を負担したのみで何ら経済的利益を受けておらず、また、経済的社会的な信用が増大した事実もないことを認めることができる。(被告引用の判例は事案を異にし本件に適切でない。)

3  この点に関し、被告釣谷はまず本件(二)の契約は破産者と平田染工のきわめて密接な関係からみて破産者に対し直接間接に大きな利益をもたらしたから、無償否認の対象となるべき行為ではないとるる主張する(被告釣谷の主張(四))から、この点につき補足するに、

(一)  被告釣谷と平田染工との取引状況、本件(二)の契約が締結されるに至つた経緯および平田染工が本件(二)の契約により経済的利益を受けたことはさきに認定したとおりであつて、破産者が平田染工と密接な関係にあり、平田染工と破産者とが実質的に同一視され、平田染工の利益が破産者の利益につながるようにみられないではないが、それは破産者が平田染工の実質的経営者である以上当然であつて、平田染工との結びつきを離れた破産者個人に固有の利益とみるべきではなく、破産事件の処理は個人と会社を全く別人格としてなされることからみても、平田染工と破産者個人を切りはなして有償、無償を考えるべきである。

(二)  証人高井一三の証言によると、破産者は本件(二)の契約締結当時月金四〇ないし四五万円の給与を受けていたことが認められるが、同証言と弁論の全趣旨によれば平田染工は本件(二)の契約が締結されなければ直ちに倒産するような状態ではなかつたことが窺われるから、本件(二)の契約が締結されたからこそ右給与(倒産に至るまで約二か月分の給与金八〇ないし九〇万円)を取得できたとみることはできず、仮にそのようにみられるとしても、その大部分は労務の対価として支給されたものであつて、右給与額が本件(二)の契約により若干増加したものとみても、本件契約の対価としてはきわめて少額にすぎるから、何ら前記認定の無償性の判断に変更をもたらすべきものではない。

(三)  また、破産者が平田染工から(役員貸付金として)約三、五〇〇万円を借入れていることは当事者間に争いがないところ、証人高井一三の証言によると、右貸借は昭和四九年のことであり、破産者のみに限られたことではなく、返済期日の定めがないことが認められるから、本件(二)の契約によつてその返済の期限の猶予を受ける結果となつたとみることもできない。

4  さらに、被告らは、会社債務について会社役員個人が連帯保証、物上保証することはしばしばみられることであり、本件のような事案について無償否認を認めるようなことになれば、会社役員個人の信用で成立つ会社(企業)とくに中小企業に対する融資の途を封ずる結果となつて不当であると主張し(被告銀行の主張(四)(3)、被告釣谷の主張(六))、さらにかかる否認権の行使は信義則上許されないと主張する(被告釣谷の主張(七))から、この点について検討する。

(一)  会社の代表者の保証等があればこそ会社に融資したような通常の場合にこの保証等の無償否認を一般化して認めることについては、中小企業の融資の面から考えても慎重を要することはいうまでもないが、本件の場合は、原告主張のとおり、平田染工が倒産して(その結果関西繊維も自然消滅)破産宣告を受けただけでなく、平田染工の経営者である破産者個人までも破産宣告を受け債務のすべてを支払うことができないというきわめて稀な特殊の事案であるばかりでなく、破産者個人の破産配当はあくまでその個人の財産を基礎に行なわれるのであるから、破産者個人が破産宣告を受ける直前に平田染工(または関西繊維)のためであるとはいえ、他の債務者のために正当な対価なく連帯保証人、物上保証人となり、このような無償行為によつて、それまでの破産者個人に対する一般債権者の引当てとされていた貴重な財産を一方的に失なわせ、その債権回収を不可能にさせることが公正といえないことは明らかである。

(二)  原告はすべての場合の連帯保証、物上保証の否認を求めているのではなく、一般債権者への公正な分配を保証するため、右に述べたような稀な場合の、しかも破産申立前六か月以内の無償行為に限つて否認し、これを失効させようというのであるから、中小企業の金融等に重大な支障となるものではなく、取引の安全を害するものでもない。証人石戸善郎の証言によると、被告釣谷と同一歩調をとり破産者から個人名義で担保提供を受けていた四社のうちの正研化工の代表者石戸善郎がその担保を不公正なものと認めて放棄していることが認められるが、もとより当然のことであつて、被告銀行および被告釣谷もまた、結果的には、抜けがけ的にその債権確保のため有利な担保提供を受けたことを否定できない。

(三)  また、否認権は破産管財人が破産宣告前に不当もしくは不公正な処分行為によつて逸出した破産者の財産を破産財団に取返えし一般債権者の利益を守るために行使するものであつて、破産者が独自に行使するものではないから、破産者の言動からして否認権の行使が信義則上許されないとする被告釣谷の主張の理由がないことは明らかである。

被告らの以上の主張はいずれも採用することができない。

5  しかして本件(一)、(二)の契約が破産者に対する破産申立がなされた昭和五一年一二月二一日の前六か月以内である同年九月になされたことは前認定のとおりであるから、原告が破産法七二条五号に基づいてなした本件否認権の行使は正当といわなければならない。

四  以上の次第で、本件(一)、(二)の契約は、原告主張のその余の点につき判断するまでもなく、いずれもその効力が認められず、本件競売事件の配当要求債権中、被告ら申立の債権は存在しない(残る三社についても同様である。)ことになるので、右債権が存在することを前提として作成された本件配当表のうち、被告らに対する配当部分は不当であつて、原告の異議は理由があり、また、被告らは破産者に対し何らの債権も有していないことになるところこれを争い、被告銀行においては金一、五〇〇万円の債権、被告釣谷においては金六、一九一万七、四九〇円およびこれに対する遅延損害金債権を有すると主張し、本件(一)、(二)の契約に基づき一般債権者として破産による配当手続に加入してくることも考えられるから、原告には右各債権が存在しないことについて確認の利益があるものというべきである。よつて被告らに対し、本件配当表のうち、被告らに対する配当部分を取消し、これをすべて原告に配当することを求めるとともに、破産者が被告らに対して負担する右各債権額の債務が存在しないことの確認を求める原告の本訴請求をすべて正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

物件目録

(一) 京都市伏見区深草向川原町四四番一九

宅地       一、〇六五・八七平方メートル

(二) 同所四四番地一九、四四番地一八、四四番地六所在

家屋番号  四四番一九

軽量鉄骨造及木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建工場

床面積  一階  一、〇五一・六六平方メートル

二階    一〇七・八八平方メートル

登記目録

(一) 順位五番  根抵当権設定登記

京都地方法務局伏見出張所昭和五一年九月一四日受付第四一七九四号

原因     同日設定

極度額    金一、五〇〇万円

債務者    関西繊維

根抵当権者  被告銀行

(二) 順位四番   根抵当権設定登記

同出張所昭和五一年九月三日受付第三九五八二号

原因     同日設定

極度額    金四、〇〇〇万円

債務者    平田染工

根抵当権者  被告釣谷

(三) 順位一〇番  四番五番順位変更登記

同出張所昭和五一年一〇月二〇日受付第四七三一二号

原因     同年九月一五日合意

第一  五番根抵当権

第二  四番根抵当権

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例